¥⇒Euro⇒$=Photograph

令和という元号となり日本が新しい節目を迎えました。

オランダ生活6年の節目を迎え、2019年となり自分が予定していた転換期に入りました。整理する為にも、日記に書きたいと思ってます。

12月末, ドイツから日本へ移動。前回は3ヶ月の間で神奈川(中華街)を中心に東京、大阪、岡山、静岡、名古屋、長崎、福岡、広島に足を運び多くの街の素晴らしい景色と温かい皆様と素敵な時間を過ごしました。仕事を頂けた皆様、旅先で立ち寄らせて頂けた旧友には感謝しかありません。この3ヶ月はあっという間のスピードでした。厳しい生活から一転、大出世が出来ました!中華街は今でも日本における未知の領域であり、戦後の歴史を象徴する場所と捉えております。最近、ソフトバンクも中華街に注目しているとは、なんとも目が話せない場所です。

□ソフトバンクと横浜中華街、スマートシティ推進に向けた包括的な協業に合意https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2019/20190426_03/

3月末に手続きと仕事と荷物整理を含めて、またオランダに戻り急用でヴェネツィアへ撮影と視察????で訪れました。とにかく壮大な建造物、美しい景色、歴史観にただただ圧倒されるばかりでした。何よりユダヤの歴史に触れる事が出来たのが一番の収穫でした。ヴェネツィアにはユダヤの移民の方が移られた世界で最初にゲットーと名付けられたエリアがあります。中央エリアとは対照的な少し歴史を感じさせる建物ばかりが目立ちました。ユダヤ歴史美術館に入るには空港と同じようなセキュリティチェックを受けました。またゲットーと呼ばれるエリアをひたすら歩き回りましたが若干、隔離されたエリアだと感じました。他の場所と比較して橋が少ない、橋がかかってないという簡単な理由です。ユダヤの方々が持つ文字の歴史、有り余る書物、変わらない服装。あの時代の16世紀から現代にかけてユダヤの方々が何を見据えてきたのか…ヴェネチアとは何とも不可思議な場所で簡易的な言葉で恐縮ですが宗教的な意味合いが強いという印象でした。

また本拠地のオランダではMaster of Hardcore, アムステルダムのMelkweg, OT301,Panama で撮影をしてZwart Goud, black gold coffee では今後の打ち合わせ,またお世話になった先輩や友人をハーグ、ロッテルダムと訪ね歩きました。温かく出迎えてくれた皆様、貴重な時間を本当にありがとうございました。その中でもRushhour の新店舗3周年記念で3日間の撮影(in store, Shelter, claire) では非常にタイトな時間を過ごす事が出来ました。最終日、ひたすら踊りました。普段、一人でPARTYにいく事が多いのでいろいろな人に囲まれて写真を撮れる現場は本当に本当に貴重な時間でした。今回、2回に渡ってレポートが上がります。先ず第1弾となります。是非とも御覧ください!

□祝Rush Hour!! ダンスミュージックと日本酒の美味しい関係
https://qetic.jp/column/kana-miyazawa/rushhour-pickup/314929/

Writter:Kana Miyazawa (宮澤香奈)

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アムステルダムで幾多の撮影と視察を終えて3月下旬にまた日本へトンボ帰り。今回の帰国では飛行機トラブルの影響でロシアでビジネスクラスに乗れるという嬉しいハプニングがありましたが、北京、上海経由で成田空港という長い長い道のりで日本へ帰国しました。中華圏に立ち寄れたのはいいきっかけでした。そして日本到着の翌日に福岡へ飛びました。何かとご縁がある福岡。ご飯も美味しく、女性も美人、言うことなしです。福岡の友人のお店「ながおか」で時間を過ごし、仕事終わりに懐かしい恵比寿時代の思い出話に花が咲きました。とにかく濃い焼酎がたまらなく美味しかった。福岡でベルリンに縁のある写真家、デザイナーの方と出会う事が出来ました。これは偶然で、ただただラッキーな出来事でした。
「ながおか」は予約必須の素晴らしい場所です。美味しい天ぷら、美味しいお酒、旬の素材、おしゃれな店内、海外のビールなど。常に女性客で賑わっております。福岡に行かれる方はお勧めします。
□博多天ぷら ながおか
福岡市中央区今泉2-4-11
https://www.facebook.com/%E5%8D%9A%E5%A4%9A%E5%A4%A9%E3%81%B7%E3%82%89-%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%81%8A%E3%81%8B-230053237035828/

また写真展をやらせて頂いた大好きなArtBaboo146 に戻り、AAA Gallery でアムステルダム展示会の説明会を行いました。日本の次世代達の眠ったアート作品がオランダの分厚い世界をこじ空ける秘策と目論んでおります。中日には上野牡丹園を訪れ、東京国立博物館で「両陛下と文化交流 ― 日本美を伝える ―」、日本の歴史の展示会を訪れました。同日にPortrait のプライベート撮影を東京で行いました。魅惑と困惑が入り混じる忘れがたい撮影となりました。また短い時間でしたが家族とワンコ、友人と束の間の時間を過ごせました。町田、等々力公園、荻窪の時間は本当にリラックスできました。10日程の出張滞在でしたが濃密な時間でした。

今度は飛行機トラブル(今度は自分のせい)で金沢に急遽滞在。金沢から、京都、またも福岡そして韓国からオランダという移動につぐ移動の日々でした。振り返ると訪れた場所は全て今後の動線になるべき場所でした。

GW の影響もあり京都は物凄い人で溢れ帰っておりました。荷物を持って歩けないレベルでした。
金沢は美しい街並み程よい心地よさと景色と美味しいお水がありました。ネパールで会った友人のお店に偶然、立ち寄る事も出来たのが嬉しい誤算でした。日本に帰ったら住みたい街です。
Jonnyのビリヤニ
http://j-biryani.com
Japan, 〒920-0981 Ishikawa, Kanazawa, Katamachi, 2 Chome−5−8 勝田ビル4F

金沢の肌寒い景色の中、21世紀美術館の素晴らしいアートを味わって参りました。何がすごいのか良くわからんがなぜか、いろいろな展示が物凄くインパクトがありました。

今はAtlanta のモーテルから日記を書いております。日本とオランダを往復しながら次の目的地へ行く為に、そして自分の憧れの国であったアメリカという国になんとか辿りつくことが出来ました。急遽、福岡へ撮影をしに行った理由は今回のアメリカ遠征に繋がっております。トランジットで立ち寄らせて頂いた韓国。近くて遠い国でした。ですが今では本当にとても身近に感じられる国になりました。今度はきちんと時間をかけて訪れたいです。
カメラマンで世界中を飛び回るという5年前に描いていた一つの理想が体現出来ている嬉しさと同時に、気持ちや荷物の断捨離をしていく毎日です。重い荷物も少しづつですが減ってきました。
移動中や滞在場所でどうお金を作るか、考える日々でした。ここまで移動が出来る職種は限られているので体験や場面をマネタイズするべきだと認識してます。やはり写真と一緒に街の体験を文面に残す事が大事だと思っております。あとは街に住まれている方の大切な家族写真を撮影していきたいと願ってます。
移動中や移動先、滞在先での仕事。それが今、一番の課題です。飛行機や空港をオフィスに置き換えて、仕事をするのが最善策と思ってます。アイディア求めてます。
日本には2020年の東京オリンピックのタイミングでもう一度、戻ってきたいと思います。家族でバトミントンと卓球を観に行くのが楽しみです!2020年に日本の離島で写真展示会も目論んでおります。
まだ叶えていないアムステルダムで写真展示会は早急な課題です。
2025年の大阪万博を見据えて、自分がどの様なカメラマンになっているかも一つの楽しみでもあります。年齢や体力を含めて仕事は今が旬だと自分で思っております。先ず動けるうちに動くしか無いと信じてます。
どこへ向かっているか自分で納得させながらも、未来は明るく前を向いている日々です。広大な世界でもう一度、原点に帰り初心を忘れて、明るく元気にチャレンジしたいと思ってます。
コンディションが厳しい中で最善の決断が出来ていると思っております。
アメリカ滞在期間(1週間 or 1ヶ月)はある程度決めてます。アメリカの情報(特に治安)は随時、必要としているので情報やお勧めなどは是非とも共有頂けたら有り難い限りです。多くの方のサポートを旨に全力で仕事をして参ります。大きな事故と怪我だけはないようにします。
訪れさせて頂いた一つ一つの人や街に思い出深いエピソードや出来事、場面は大切な思い出として頭の片隅に記憶しております。日記には書ききれません。なので今回は写真多めです。
今は19歳の時に初めてタイのバンコクへ旅行した時と同じ気持ちです。緊張と不安、高揚感が入り混じりながら、今回はどデカくジャンプをしたいと思ってます!
勝負の前日は、寝るのが一番!今日からスタートです。
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2018年-2019年 90日の日本出張編

長い日本出張が無事に終了しました。ロシアを経由してオランダの帰路につきました。今回の出張では多くの街や都市で笑い、\n戸惑い、驚き、少し写真を撮りながら自分なりに仕事と共に行脚して参りました。

*モスクワ空港 3/20 撮影

なぜ自分が日本に戻って来たか?

■東京オリンピックが2020年に行われるに辺り、日本の国際化どのように進んでいくのかちょっとだけ興味があった。可能ならお金を稼ぎたい。

■ヨーロッパに点在するチャイナコミュニティーの中華の味が知りたかった。

今回の日本出張では横浜中華街を拠点に大阪、長崎 、福岡静岡、名古屋、広島、岡山と街を訪れさせて頂きました。各地域で様々な特性を感じる事が出来ました。福岡は噂通り美女大国でした。

*長崎チャイナタウンの写真

横浜中華街は世界最大のチャイナコミュニティーです。美味しいご飯に飢えていた自分にはもっとも魅惑的な場所であり、我慢するべき場所でした。学生の時に中華街で洗い場のバイトをしており馴染み深い場所で比較的にすんなり入れました。何故、チャイナコミュニティーは世界中に形成が出来るのか?ちょっとした疑問の糸口を見出したかったという理由がありました。

*料理とコスパが最高によかった。お気に入り店。担々麺が良い。

何故、チャイナコミュニティーは世界中に作れるのだろうか?

先ず海外に出る人口比率(中国の人口は約14億人)が兎に角多い。

また中華街で生活をして感じたのは経済的、政治的なリーダーの存在、華僑教会、出資する仕組み、コミュニティ形成を行う事務局、子供を親族や周囲が一体となって育てる環境、学校(教育)という点を見受ける事が出来ました。

旧正月の新年を御祝いする横浜媽祖廟(女性の神様を祭る場所)にカメラマンとして潜入!?と撮影して参りました。横浜媽祖廟は日本の寺院と異なるかなり色使いが鮮やかです。そのテッペンで、ドンと構える髭の老師に目が釘付けとなりました。本当に漫画の様な世界ですが威厳佇む姿で顎髭を触る老師に、中華コミュティの絶対的指導者存在が中華街を作る要因の一つと感じ取りました。媽祖廟の艶やかな縁に立ち、旧正月を祝う人々の全体を見ている老師には異世界の住人の雰囲気しか感じさせませんでした。まさに長老的な存在感。畏怖を感じながら下から撮影しておりました。

*横浜媽祖廟/横浜中華街

中華の由来は竈の神様が起源として、火の神様、人の神様、また魔除け道具があちらこちらに売られておりました。
占い師も彼方此方に居ます。信心深い傾向はあります。

外国人を受け入れることを明確にうち出しております。ニュースでは報道されてますか事実関係を知りたかったです。自分も移民なので…都内の居酒屋、倉庫業務、コンビニなどは外国人(アジアの方々)の方が多く一生懸命働いている姿が印象的でした。業務形態の移行は加速をすると思います。景気が悪い、給与が上がらないと言いながら、日本は世界経済Top 3の超裕福な国です。でも、場所やそれぞれで大変な事はたくさんあります。笑い飛ばせる人が一番です。

*オリオン隊会長の雄叫び。俺は副会長。

オランダで移民として生活している自分の経験としては、外国人は他国で2-3倍働いても人並になるには本当に大変だと思います。言語を学ぶのですら一苦労。外国で暮らすのは意外と大変です。

収穫としては長崎の出島に足を運んで正解でした。400年前にオランダと日本を結んだ場所。本当はハウステンボスへ「オランダ帰りハウステンボスへ行く!」という事をしたかったのですが、そこは次回にしたいと思います。

金、銅、生糸の流出と今回サメの皮も貿易をしていたと知りました。サメの鰭は、西洋人にとって価値が高いモノだったそうです。。オランダからは蘭学、ヨーロッパの情報、一部のデルフト焼き(少数)、オランダから鹿児島の島津藩にカメラを伝来させてくれた事です。Dejima というあの小島で一体何があったのか…?分かりません。

*出島資料

横浜、博多、長崎は港街で外国船が立ち寄る事もあり、個人的には自分には居心地の良い街でした。長崎には年間270の大型船が停泊するそうです。自分が言うのも何ですが、日本って素晴らしい国だと思います。言葉が通じる、人が優しい、ご飯美味しい、お菓子も美味しい、カメラ量販店最高すぎ、水が綺麗、仕事が沢山ある。花粉症は最悪でした。後、思う事は友達に愚痴ります。

何より友達や家族、ワンコと過ごせた時間が最高でした。ご飯食べて、こたつでワンコの熟睡姿は至高です。

*文太と小春(仲悪い)

2019-2020年の期間は日本とヨーロッパを積極的に往復しながらドンドン仕事を作っていくべきと思いました。英語を使える事が、ちょっとした仕事のアドバンテージになります。

飛行機の料金も安いし、日本のパスポートは現在、世界で一番国々を行き来できます。オランダのみならずヨーロッパ諸国が日本に目を向いている機運があるので、この勝機は逃しちゃいけないと確信してます。

後はアジア人としてオランダ人に対してもっと対等な立ち位置をカメラマンとして自分なりに確立させます。

変わらずノンビリやって行こうと思います。おらのオランダ珍道中2も、そろそろ収束に向けて動かなくてはなりません。オランダに5年半。

*写真展での4枚

長くなりましたが今回の日本滞在で一番のエピソードがあります。

中華街に移った1日目、Baboo146で洗濯物をしていて煙草を吸いたくて隣の料理人の方に「火を貸して欲しい」と伝えると「お前はライターを持っていないのか?」と驚きと笑いで迎えられました。今回、一番印象的なエピソードです。今ならこの驚きの意味が少し分かります。
もしかするとチャイナコミュニティーが形成される要因とヒントがこのエピソードに集約されている?なんてねぇ…金だな金。

遂に3月31日、Master of Hardcore へ参戦します!白人だらけのHardcore の世界にカメラマンとして遊ぼうと思います!

最後に仕事から住居、写真展まで用意を頂いたAAA Gallery, Baboo146 の オーナーKim さん、見守ってくれたこうちゃん、AAA Gallery のスタッフの仲間、Baboo146 で出会えた皆様には多大なる感謝しかありません。徐々に前向きになれた2ヵ月半でした。思い出あり過ぎて…ゆっくり整理していきます。

*Baboo146 の写真

次回、ブログでは自分が見た渋谷と各地域のダンスミュージックシーンとAtsushi Harada 現代アート展?の総括をブログに書きます。いろいろありました…笑

ロシア経由でオランダ戻ります!オランダも春です😌

2018年年末:激闘フランクフルト編

無事に日本へ帰国しました。毎日、慌ただしくも楽しく仕事に精を出して生活しております!

少し前の事を書きたいと思います。

日本帰国前には、ベルリンの宮澤香奈さんこと、香奈さんとフランクフルトで大仕事をしてきました。のっけから結論を言うのも変ですが最高の時間、最先端の音楽、自分の積み重ねと情けなさ、凍える雪のドイツを体験しました。

ちょうどクリスマス前です。

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撮影現場は、香奈さんが素晴らしい記事に仕上げてくれてます。イベントの記事に関してはもう暫くお待ちください。既に名前が公表されたので自分も公表をさせて頂きます。撮影場所はドイツ フランクフトの名門クラブ:Robert Johnson,撮影アーティストはRicardo Villalobos, Raresh でした。エレクトリックミュージックでは最高峰といえる現場、アーティストです。

RA:Robert Johnson
https://www.residentadvisor.net/club.aspx?id=1467

この年末の撮影現場はオランダでの5年半を総括した撮影でした。シャッターを切りながら、たくさんの思い出や、いいこと、悪いこと、何より人の顔が浮かびました。

自分はオランダでは当たり前ですが外国人でした。撮影当初はイベントでバカにされたり、あまり好意的でない言葉を受けた事は1-2度ではありませんでした。それでもオランダでTopグラファーになるというシンプルな目標だけを信じて、呼ばれれば何処にでも足を運びました。何より写真と音楽を通じて、人種を超えてお互いを理解をして、友として自分を迎えてくれる時間が何よりも大切だったのだと思います。

今回の撮影現場、アーティスト名を香奈さんから聞いた時、自分がオランダで、辿り着く事が出来なかったアーティストの両人でした。行くことが出来なかったSunwave,旧事務所のしたで行われて居たにも関わらず許可が降りなかったADE2018のRicardo Villalobos。アテンドをしてくれたフランクフルト在住のHorikawa san,Sonoko sanには沢山のサポートとありがとうを伝えたいです。最初は余裕綽々でしたが、今回の撮影は緊張しまくりでした。AMPというフランクフルトのアートカフェでインタビューをする為に現場入り。そしてオーナーAtaの顔を見た瞬間、ビビってつまづいて花瓶を割ってしまいました。多分、そのアーティストを本能的に怖いと思ったんだと思います。Mixmag Japan にその大変貴重なインタビューが掲載されておりますのでご確認ください。

【Mixmag Japan】
Ata「良い音楽を聴くための環境を絶対にキープすること」 なぜ“Robert Johnson”はここまで賞賛されるのか。⬇︎︎︎をクリックと”いいね”をお願いします。

www.mixmag.jp/features/ata-interview-2019.html

Interview & Text_Kana Miyazawa
Photo_Atsushi Harada
Coordination_Yoshihiro Horikawa、Kana Miyazawa
Special thanks_Sonoko Kamimura, amp crew
Location_amp

Screenshot_20190121_100033.jpg

少し話がそれますが今回、撮影するアーティストの一人がルーマニアのDJ でした。自分にはHaarlem に住んでいた時にルーマニア人の親友が出来ました。友達が少ない自分が心を許せる仲間です。その友達と彼女が、去年の誕生日にルーマニアの風景が詰まった本をプレゼントしてくれました。今回、そのルーマニアのアーティストを撮るために、ルーマニアという国の背景が知りたくて、事前に写真集を何度も見て、ルーマニアの国の事を沢山聞きました。

Robert Johnson に現場入りして直ぐのプレイが始まってまだ序盤のタイミングでは、香奈さんにカットの指示を頂き全体的な写真を撮影しました。適切で分かりやすくて、いい感じで場面を抑える事が出来ました。オランダに自分の姉と同じ名前の美穂さんが、”香奈、あちょむコンビ”はミラクル起こすという言葉をふと思い出しました。Bendsのチームメイト、大学の先輩でもあるじゅんさん、香奈さんと初現場のDekmantel 2014の思い出も一緒に回想されました。あの日も真剣に仕事をして沢山笑った日でした。集中している時に良い記憶は思い出されると今は回想しております。

【Dekmantel 2014 Report @Qetic】
https://qetic.jp/column/kana-miyazawa/km-post13/116806/
https://qetic.jp/column/kana-miyazawa/km-post14/117220/

Writer:Kana Miyazawa
Photo:Atsushi Harada

また今回のRobert Jonsonの会場はDJ ブースとフロアが一体となっており、手を伸ばせばDJ が真横に居る距離感でした。それでもDJブースは異様な雰囲気を醸し出し、近くことが躊躇われる光景が広がっておりました。沢山の緊迫した現場を撮影した自負はありましたが、本当に異様でした。ちょうどRareshがプレイする右側に空間が空いてチャンスだと思い友達がプレゼントしてくれたルーマニアの本を見せました。表紙に大きくルーマニアと書いている本で、握手もしてくれました。そこから レコードに針を落とす瞬間にシャッターを切った時、自分しか撮れない緊張感のあるモノクロ写真が撮れました。自信を持った1枚が撮れました。

イベント中にテラスで休憩中のブラジル人の男と出会いました。友人に電話しているようでした。10年来、故郷に帰ってなくて今日のイベントで故郷を思い出して、友人に電話したとのことでした。5年半で3回も日本へ帰れた自分はラッキーだとその時に思いました。

自分はイベントカメラマンです。音楽と瞬間と雰囲気をどう包むかを考えて、あと感じを大事にしてます。撮影の現場入りから、6−7時間がたち程度の撮れ高は見込めましたが、どうしてもラストカットが取れず、もがいておりました。一度、頭を切り替えるために外へ出て、機材とコンディションを整えて朝の9時に会場に戻ってきました。エントランスで「忘れ物を取りにきたかい?」とメガネのおばちゃんに言われました。確か朝の9-10時位。そんな時間帯だったと思います。

会場入りして少し踊って、ラストとカットの準備を整えました。しかしどうすれば良いか分からず、立ち往生しておりました。そしたら隣りに居たアラブ系の強面の大男がふと、自分に言って来ました。

「俺はお前を知っている。お前は今日、あと3回だけシャッターを切るチャンスがある。その3回を逃すなと言われました。」その現場は撮影禁止で許諾を貰っていても、雰囲気は写真禁止、禁止は禁止なのである。特にドイツはオランダよりポリシーが厳しいです。カメラを持っている人はオーディエンスからはあまり好意的受け取られてませんでした。しかもデカイ一眼を取りに帰り、左わきの小脇にカメラバッグに隠しておりました。強面の男にいきなりそんなこと言われえて超びっくりしましたが、なぜかビールを奢ってくれて、上機嫌になった俺は、取り敢えずその男を信じて先ず引きで魚眼レンズで左脇から1枚写真を撮りました。

そしたら隣の男が偉そうにうんうん頷くので、偉そうだなーと思いつつ、ビールを奢ってもらっている手前、何も言えず反対側に周りました。美女がわんさか踊る空間で、なんとも言えん場所でしたが、ここではシャッターを切れませんでした。ドイツの女性は兎に角セクシーでエロく踊ります。

そして左脇に逃げ帰りVJ をしている凄腕の男を何故か1枚撮りました。そのVJ は数千とも言えるdiskを場面場面に合わせてセレクションする凄腕のVJ でした。偉人は世の中に沢山居ると思いました。あとシャッター回数は1回。残りはDJ のみ。そう考えながら音を聴いてタイミングを待ってました。長く短い時間でした。その時にB2B でset を組んでいるRaresh の音が本当に極微妙にズレたタイミングがありました。ここしか無いと思い、DJ ブース近くで待機していた所、こそこそと移動してそのタイミングで最後のシャッターを切りました。緊迫したDJ ブース、Raresh と目が合った瞬間、アーティストを撮影した時の緊迫感、確信と困惑、 Richard Villalobos の微笑、時間が止まる感覚。今だに忘れられません。

その後にRaresh が笑顔でカメラマンを讃える言葉が入ったフォトグラファーの為の1曲を掛けてくれました。その時、ビールをおごってくれた親父が俺のお陰と言わんばかりに肩を叩いて来ました。そしてRichard Villalobos が東洋のメロディを基調としたオリエンタルな美しいminimal トラックをかけてくれました。その時に自分の仕事が終わったと悟りました。イベントは後、4−5時間続いていたのではと思います。最先端に居るDJ/Artist の感覚は別次元だと痛感しました。

引きでもう一枚撮影をしようとした時、会場入りしてから自分に優しかった警備の黒人のおっちゃんが、もうダメだと注意されました。見えない意識の共有が会場にあったんだと思います。なんとも不思議な感じでした。ボロボロな感覚と安心感で、なんとか部屋に戻りました。あの時間はなんだったのか今でも理解出来ませんが、今は安心して日本に戻れた事に感謝しかありません。またこのブログはあくまで個人記で正式な内容はMixmag Japanから上がります。なので写真はあげられません。文章だけでお伝えさせてください。

音楽の偉大さを知り、大仕事を頂ける感謝と責任、そのあとの自分の行動(愚かさ)、怖さという物を知れたフランクフルトの仕事でした。もう2度と戻れない瞬間に立ち合う時間をくれた香奈さんには感謝しきれません。

その後は、フランクフルトをひたすら周り写真展、ギャラリーを見て、街を歩き続けました。雪が降って街が兎に角綺麗で、クリスマスのキラキラしたライト、小さなメリーゴーランド、家族が微笑む瞬間、歩くホームレス、おしゃれなShop、美術館、レストラン。なんか全てが新鮮でした。寒かった。これからどこでも寒い場所に行けるなと強く確信出来た貴重な時間でした。翌日、温かいホテルで暖を取り、4時間だけの素敵な出逢いもあり、今日本に辿り着きました。

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繰り返しになりますが本当になんとかに日本へたどり着きました。温かく迎えてくれる場所が多くて、今は兎に角安心しています。現在は横浜中華街から徒歩2分のAAA ギャラリー(https://artaraqasia.com/)で 大変貴重な仕事も頂き、もう一度再起を図る為に力を蓄えております。何より帰国してから毎日、毎週、素晴らしい現場で撮影をしております。新しい発見と友達と会える瞬間が堪らなく有難いです。旧友、親友に会えて元気そうな顔を見て、沢山笑っちゃいました!幼馴染が色々な事情を抱えながら頑張ってる姿は泣けるものがあります。

今回の帰国は日本で行ける場所、撮れる場所、行かなくてはいけない場所、会える人には会って、何よりお金を稼いで世話になっている人に1日でも早い恩返しをします。カメラマンとしてオランダで成功と失敗を勝ち取った杵柄で、次の目標である新天地ドイツに向けて再起をはかりたいと思います。

日本には頻繁に帰ってきたいけど、新天地のドイツに移動したら、頻繁に帰れるのは3年以上は掛かると思ってます。カメラマンとしてビジネスの仕組みを作る苦労をオランダで味わいましたが、今考えたらかなりオランダの音楽シーンのカメラマンとして最短な道を歩いていたと思います。

3月頭にはオランダには身の回り整理と、仕事で行くことになります。本音でいうと上手く馴染めなかったオランダ。それでもHaarlem の街は大切です。ベビーカーをバスや電車で乗るときに当たり前に手伝う習慣、お年寄りを大切にする習慣。日本も真似るべきと思います。何よりオランダで一生付き合って頂きたい先輩、友達、仲間に会えました。日本に居たら会えませんでした。ですが、やはり新天地ドイツに行きたい気持ちが今は強いです。多分、自分にはその方が柄に合う気がします。

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年末、 Shibuya club Aisa で自分が10代から敬愛しているDJ の方に会いに行きました。「もう一度会えたらいいね」と、ベルギーで言って頂き、ビールをご馳走になりその言葉を信じて東京で撮影をさせて頂きました。その方がShibuyaでかけてくれた、自分が何者か教えてくれたHiphop trackは終生忘れられないと思います。良い2018年の締めくくりとなりました。1月中にブログで日本滞在編も書きたいと思います。その最先端に近づく為にも、日本でカメラマンとして最高な環境に居るので力を発揮していきたいと思います。

取り敢えず元気です!!毎日、美味しいご飯が食べれるだけで幸せです!!

また1月26日(土)に19:00から中華街にあるBaboo146で女性シンガーナイトを自分が主催いたします。タイトルはオランダ語で「温もり」です。冬に合う灯りと女性イベントとなります。素晴らしい女性シンガーMimulus Naito Akiko,Aiko,空間デザインのCheriと灯り、Babooのこうちゃんさんの美味しいご飯で皆様をお迎えします。遠方の方は宿泊も特別プラン(*数限定なのでご早めに連絡ください:2500円)でご用意いたします。間違いないイベントですので是非とも足を運んで頂けたら幸いです。皆んな忙しいのも知っておりますが、会えるタイミングで友達とは会っておきたいです。引き続きよろしくお願いします。

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仕事とお金 Part.2

仕事とお金 Part.2の続編です。

お金は必要です。何故なら人に会う為に必要だから。仕事の機会を逃したくないから。誰かに渡さなくてはいけないタイミングがあるから。時間が必要だから。信頼を守らなくてはいけないから。

自分はHaarlem からAmsterdam に拠点を移していく段階で多くのお金を失いました。そして2017年夏、大事な友達に大金を借りてしまいました。今だからこそ思う。安易でした。彼は自分が日本に戻ったタイミングまで待っててくれると…器量の大きさに感謝して踏ん張る事が出来ました。また自分に仕事を任せてくれる方々が多く居てくれております。時間が足りない位、むちゃくちゃ忙しいです。そのお陰で毎日美味しいご飯を食べる事が出来ております。安心して寝る場所があります。何より最高の仕事と充実した時間、多くのメンバーに恵まれております。毎回、旧友に会う気持ちで仲間として迎えてくれます。

お金持ちの定義は曖昧ですが、自分自身はお金持ちになるべき存在だと信じ続けておりました。

オランダに移住して一番最初にきめた目標は、具体的な収支計画でした。毎日毎日、お金と格闘して、残高を眺め、ゼロが増えていくのを肌で感じていきました。34歳という年齢でやっとお金の価値と本質、恐ろしさ、脆弱性、優位性を理解する事が出来ました。

ご報告になります。確信に至りました。俺は2018年11月30日に確かな成功を掴み取りました。本当に私事ですがオランダ生活のうだつあがらない長い長い期間、応援、支援をしてくれた皆様に心から感謝をしたいです。日本で会社をクビになり、再スタートしたオランダ生活。やっと成功を掴み取りました。心地よい小さな感動がありました。掴み取った成功は零さない様、無くさないように慌てず、大事に大事に育てて行きたいと思ってます。

残りのオランダ生活は語学試験の準備, 旅行と好きな事(写真+音楽)、大切な人との余暇に時間の比率をシフトさせていきます。あとは今年の夏に断念をした展示会。

努力は必ず実を結びます。これは事実です。

おらのオランダ珍道中も遂にゴール手前です。後はオランダを出るタイミングで書きたいと思います。

原田 篤

仕事とお金 Part. 1

今回、30代の男には一番大事なテーマでブログを書こうと思っています。自分は起業家として3年4ヶ月を個人事業主として生活しております。着々と取引先様が増えつつ、オランダの音楽シーンでも顔見知りが大分増えて非常に順調です。お前知ってるぜ!なんて言われると

ですが、ここから仕事となるのか?お金に繋がるのか?

俺が大好きなお金、ある時はあるし、無いときはないお金。俺は堅実で節約家です。寧ろケチという言葉が自分には合うと思っています。食費や衣服のお金は削りに削り5年を過ごしています。売却した車ですがガソリンは必要な時に5-10eur のみで効率的にガソリンを入れて仕事で使用しておりました。

またカメラ機材にはお金が掛かります。100-200eurレベルではなく、必要な時は1400ー2000eur は出さなくてはいけない。そんなケースは多々で無いにしても1年に1-2回 は間違いなくあります。新しいカメラはその2倍のお金が最低必要です…

お金が掛かる職業ですが写真の仕事は無茶苦茶、面白いです。イベントカメラマンの私は2度と起こり得ない貴重な瞬間にいつも入れるからです。

最近、イベンターと会話して問題点を聞いていると携帯電話の撮影が圧倒的に1位でした。携帯電話で動画や写真を撮る人が多すぎてDJ のテンション、空気感が変わり過ぎて、フロアが別物になってしまう。それは写真に寛容なオランダでも大きな問題となっております。後、携帯電話で撮影は見た目が良くないという事も要因かと思います。イベントやオーガナイザーも箱もカメラマンを求める理由はそこです。きちんとしたカメラマンが1人居るだけでフロアは締まります。携帯電話で撮影する人が圧倒的に減ります。音と音を繋ぐタイミング、誰もが抑えて欲しい瞬間は数多くはないけど存在します。その数少ないタイミングで実力を発揮してくれるカメラマンの需要が多いのです。

今はFacebook, Instagram, LinkedIn, Snapchat etcを含めて写真とコマ映像を他人に見てもらう機会は誰でも持つ事が可能です。しかも超高性能(AI) つきのスマホがどんどんリリースされ、写真の本質が試されている今日この頃。写真はボタンを押せば撮れるので素晴らしい写真は誰もが持っています。ですが2つ明確に分かっている事があります。

1つ目は、どんなに良い物でも使い方が正しくないと、良い物ににならないという事。2つ目は、蓄積と整理が出来ていないといけないという2点です。今の写真ファイルは携帯でも容量が大きくGmail でも送れません。中々の重さです。サーバー経由だと手間が1つ2つ増えます。なにが言いたいかと言うと写真には目に見えない手間が無数に存在するという事です。

写真の整理、手間です。大変です。ですが探せば直ぐに出て来ます。基本ですがこれが一番大切だと思っています。

では自分が撮影して人に届けたいと思う写真は活用されるのか?本当に意義があるのか?非常に残念な結果と、希望を持てる結果の2つが導き出されました。

残念な結果としては、私の写真はそこまで求められないという事が理解出来ました。理由は簡単。活用方法まで提案を出来ていないからです。例えば美味しいキュウリがあり、いきなり渡されたら人は困惑します。ですが、ビールを飲みつつ味噌と塩と一緒に出せばこのキュウリは物凄い効果を生み出します。

写真は適したケースで、きちんとオーガナイズされていない物、使い勝手の用途が明確でないと、どんなに良い物でも好印象を持たないのです。何故、一眼レフの写真で撮る必要があるのか?何が携帯電話と違うのか?俺は、携帯電話で写真で9割5分は求める写真は取れるのではと思っている。でも、どうしても綺麗に印刷して引き伸ばしても高画質な写真が欲しいという人、もしくは自分にしか撮れない1枚を提供してくれるカメラマンに需要があると思っています。自分の写真を好きと言ってくれた人を大切にするカメラマンは仕事は無くなりません。

もう1つ希望が持てる結果としては、カメラマンAtsushi Haradaの写真は価値が地味に値上がりしてきたという事が分かってきました。理由は簡単です。希少価値の高い世界に常に居て、常日頃その状況が当たり前で素晴らしい瞬間を5年も撮影しているからです。写真はインスタント(簡単)な魅力と、記憶を呼び起こす2つの機能を持ち合わせています。価値の高い場面の写真は、後々に価値が上がります。私は最高に綺麗な瞬間を沢山知っているカメラマンです。説得力ないかなぁ(笑)徐々に、溜め込んだ写真をリリースしていきたいと思います。

写真を仕事って無茶苦茶、むずかしいと思う。でも、案外簡単でもある。

次回はお金にまつわる話を更新したいと思います。

連投:そして5年後のこれからどうするのか?

昨日、日本に1日でも早く帰りたいと書きました。
仕事が必要です。日本できちんと仕事を探さなくてはいけません。

大変です。

きちんと働いてお客様からお金を頂いて生活が営んでおります。それはオランダも日本も同じです。

後一ヶ月に私のもうひとつ大事なお祝い事ですが、引越業も丸々5年を達成しそうです。

万歳!

引越しの仕事はめっちゃくちゃハートフルでアットホームな仕事です。またとてもパーソナルでもあります。大切な事を引越しの仕事からたくさんの仕事に生かせていると実感しています。前回、日本に帰国の時にも引越しの仕事をさせて頂きました。この先、日本の東京という舞台で何ができるのか?不安しかありません。ですが、ゼロからもう一度やってみたいと思っています。

 

 

 

オランダ生活、丸5年となる前に少し振り返る…

ご無沙汰しております。ひさしぶりに「おらのオランダ珍道中」のブログを更新したいと思います。自分自身の転換期という事や、いつかこの時期に考えていた事を読み返したいという事も含めて、今回書かせて頂きます。

時間というものは本当に早いもので、あと1カ月でオランダ生活が丸5年になります。この5年間で自分自身が大きく変わった事もあれば、何も変わらない部分、しょうもない部分、弱くなった部分などもあります。結構長い時間、日本を離れたと個人的には思っています。海外生活5年。この期間はオランダに来た当初、滞在の目標期間として定めておりました。27歳でオランダに来て20-30代の重要な節目を経験して、ヨーロッパで英語とオランダ語を流暢に話しワイングラスを片手にビジネストーク。そんなイケイケなビジネスマンに成長して日本へカムバック的な妄想を携えて海を渡りました。アホだなぁと思いますが、昔の日記にそんな内容を書いておられました。

妄想はさておきオランダという素晴らしい国に20代後半という比較的若い年齢で挑戦出来た事は、今でも最高の決断だったと思っています。経済的に優れ、治安も良く、個人の裁量を重要してくれるオランダの環境、クラブカルチャーの充実、芸術やカメラマンを愛してくれるお国柄、あくせくしてなくて老人や子供に優しい環境、背が小さくて弱っちいやつにも優しい事(そのお陰で俺は生き延びた!)、オランダ人は交渉は上手だが、真正面からのネゴシエーションに以外に弱いなど、自分にとって良いポイントが沢山ありました。

異文化の中に放り込まれ、持って生まれたトラブル体質とオランダの土壌がなんともまぁ非常に相性がよく、トラブルにつぐトラブルが己に降りかかってきました。それを何とか回避しながら、毎日が新鮮で新鮮で、かつ葛藤が続く事が多かったです。私のオランダ生活はHaarlem の4畳半の小さい部屋からスタートしました。決してひろくない一軒家で最高5人とシェア生活をして過ごしました。また、まさかの女性3人とシェア生活をしたり(漫画か!)と、今思うとかなり驚きな世界でした。日本から遊びに来てくれた友達がワンダーハウスと命名してくれましたがその名の通り、どんなに大金を払っても手に入らないぐらい超濃くて、ダメダメなことばかり起こりまくってました。そんな生活でオランダ人、トルコ人、ルーマニア人、アルベニア人、日本人のどうしよもない男たちが夢を語り、乾杯を重ね、せつない別れを味わい、波乱万丈な毎日をくだらなく乗り越えていきました。せつなくも笑える日々で、部屋の窓からの景色がとても綺麗で毎日、空の写真を撮っていました。このメンバーとの波乱万丈な時期の事は、ノートに日記として書いているので、どこかのタイミングで公表したい。

そんなこんなで生活に少しづつ慣れていた矢先の2015年の春にオランダ日本人界隈を騒がす大事件がありました。2015年3月に、日本国籍者はオランダで就労ビザの見直しがされました。当方で写真提供もさせて頂いたLifehakerの記事を紹介参考に。(https://www.lifehacker.jp/2015/05/150529holland_japanese.html)。*今は状況が変わってますのでご注意ください。

オランダ内で日本人へのビザ取得が容易となり”そりゃーびっくり”な幸運の風がちいさい背中をバシバシ押してくれました。オランダで就職した会社も非常…..で、“もうやるならこのタイミングしかない!!"と決意して2015年8月にSeishin 誠進 オランダ支店として起業をしました。社名は一番、長い間そのでかい背中を見てきた社長の会社名を使わせて頂きました。誠進という看板は、仕事に対しての取り組みや考え方、プロフェッショナルな意識や姿勢、人に対しての対応、トラブルが発生した時の誠意など、自立した人として大切な事を、社名の名前を汚さないよう毎日心から大切にして来ました。生活は決して豊かではありませんでしたが、会社の資産から最小限のリスクで様々な投資(時間、お金)もオランダで行ってきました。兎に角、チャンスがあれば攻め続けたという自負もあります。その経験値はわたしがオランダで勝ち得た、最高の自分に対する対価だと思っております。日々会う人や新しいビジネスが自分の教師だと知れた事、辛抱と積み重ねをスローガンにしていた事、動きながら考える事、失敗を誰よりも先に俺がする事、今では良い面、悪い面の両方を俯瞰して振り返る事が出来ますが、辛抱辛抱の連続でした。ですが、それが良い方向に作用したと思っています。

逆にこの5年間で弱くなった部分、今でも伸び悩んでいる部分が多々あります。先ずは言語の上達です。英語は聞き取りに関しては耳は大分慣れましたが、スピーキングと文法の組み立ては相変わらずです。あまり言いたくないのですが協調性への意識もだいぶ変わってしまいました。わたしが営業マンとして持っていた強みでしたが、こちらの生活で協調性よりも個人の意思を優先するケースが多くなったという感覚もあります。カメラマンで1人で知らない場所に飛び込む事、個人としての判断や考える環境が非常に多かったというのが要因かと思っています。つらつらとそれらしい事を述べましたが、元来の性格が”わがままだったのでは?”という単純明快な答えに行き着きました。「わがまま」が「超わがまま」に進化した感じです。

後、体力の持続力がだいぶ落ちたと思います。金、土にクラブでオールで撮影をして平日の仕事をしてまた週末にフェスをはしごするなど、当たり前にこなしてましたが現33歳の年齢には正直きついです。毎週月曜日に素晴らしいPARTYの撮影を3か月間務めさせて頂きましたが、翌日の営業日の火曜日がポンコツ過ぎて支障が出る為やむなくStopしました。1回の撮影で私は平均して約1500枚の写真を撮ります。良いアングルの為に走りますし動きますし、体勢もいろいろな格好をします。何よりめちゃめちゃ頭使います。私はシューティングゲーム&パズルゲームをこなす感覚で、最終的に100枚の良い場面をパズルのピースを組み合わせるイメージで撮影をしています。また見る人が飽きないような編集方法、アルバム配置まで考えています。本当に疲れるし、大変な仕事量なのでやるたびにしんどい思いをします。また機材(カメラ、パソコン、ソフト)は高いし、必要に応じて修理対応も必要だし、新しい機材も欲しくなるし、キリが無いし…愚痴で脱線しましたが、体力の低下は今後も続くので休憩をしたり、睡眠を充分に取る事が大事だと思っています。

日本からわざわざこんな遠い場所に来るならもちろん、野望の一つぐらいは持っていました。「私が5年間でなにを目標にしてたか?」日記に書いていたし、毎日その事は絶対に忘れないで生活をしておりました。目標はオランダで「トップグラファーになる事」。単純にそれだけでした。何がトップか今は明確ですがカメラを持ってオランダに来た当初は、カメラって何だ?位の知識しかありませんでした。そんなちんぷんかんぷん状態でしたが、なぜか自信に満ち満ちてました。うーん、自分で自分の事を褒めるのはおかしいが凄い!!これはある意味「特殊能力では?」

兎に角、カメラを使って何かでトップになる、それが目標でした。

今回5年間の集大成も近づいているため結果を考察しました。写真のシャッター回数は5年間で21万回、イベント、フェスティバルへの参加は178回、納品写真を平均100枚として約17800枚をお客様に納品、撮影クラブ、フェス数は120箇所以上、撮影ヶ国はオランダ、ベルギー、イギリス、ドイツ、フランス、スイス、ルクセンブルグ、日本の8ヶ国、雑誌への掲載回数は日蘭合わせて7回、オランダの新聞には2回、企業の撮影は7回、ウェディングは3組、家族写真は18組、webメディア、音楽カルチャー系はClubberia, qetic, Banana, higher freakency, 街角のクリエイティブなどなどは多数。Club チャンネルの番組の5本にプロジェクトメンバーで参加、音楽系の PVは3本撮影、映像のディレクターは2回、女性ヌード撮影も2回、カメラワークショップの講師も2回。展示会はまだ0回です!!数字的にはトップグラファーとは自信を持って言えません。正直、トップグラファーという目標は未達と認識しています、今後の課題にしたいと思っています。今後はもっと撮影のプロジェクトをどんどん回せるぐらいになりたいし、カメラの構え方、姿勢も直したいです。

番外編ですがオランダの子供向け人気TV 番組にカメラマン役で出演したりしました(笑)オランダのガキんちょに日本のカメラマンのイメージは俺で植え付けてやったと思ってます🤔あと、着物を来て日本男児のモデルとしてとても綺麗で素敵な日本人女性とランウェイを歩かせて頂きました。カメラマンは写真を撮られる経験も、とても大事だと思いました。

当たり前ですが、自分は写真&カメラが好きです。

写真という”瞬間と時間”を閉じ込められるという概念も好きだし、プリントアウトしてプレゼントできる可愛い部分も好きだし、動画(音も綺麗)も撮れちゃうし、フォトブックにも出来るし、綺麗なシルバーフレーム(額)に入れても良いし、SNSに投稿しても面白いし、自分の思い出にも最適。カメラの世界へ引き込んでくれたO先輩、Nぶ(実名を出したい)には大恩人です。またオランダまでついて来てくれた前の彼女も写真への造詣が深く、写真に対しての可能性をたくさんたくさん教えて貰いました。ひとの視覚:目(EYES)が”気がつく”というEYES/合図と組み合わせて、人がもつ多様性の視点(レイヤー)を作品へと作り上げるアイディアを教えてくれました。なおかつそのアイディアを実行をしていったクリエーター魂には感化されました。まーいろいろとあり、あの苦いビールの味と記憶は忘れられません。なにより感謝の気持ちしかありません。話は戻りますが、個人的にはカメラはツールとして最高の発明(化学)です。実はカメラはオランダから日本へと渡ってきた歴史があります。オランダから島津藩(現:鹿児島)に渡ってきました。オランダ人のカメラマンがサムライを撮影した写真も本になったりしてます。この事実を知った時、予期せぬワクワク感は言葉にする事が出来ません。

さて話もそろそろ終盤へ。「オランダ生活、5年経った後は何を目指すのか?」。答えはもうだいぶ前からみてきました。2020年の東京オリンピックに標準をあわせる。多分ですが私の生涯でもっとも東京が盛り上がり、世界中から目が向き、経済が動き、テクノロジーがリリースされ、新しい時代を感じる日と確信しています。毎日、日経新聞をチェックしてます。日本の経済情報は追いかけてます。昭和、平成そして平成30年12月31日に新年号が発表されます。兎に角、大好きな母国の今後の未来が楽しみで自分もそこに乗っかって行きたいと思っております。何をするかはこれから考えていこうと思っています。後は TPP の動きも注視しています。

愚痴をつらつら書いたろうと思っていたが、非常に前向きな気持ちでいる自分で居る事に気がつきました!なんか素晴らしい1日になりました。最後にですが自分にとってこの5年間を通じて、何が大切か明確になりました。本当に毎日笑ったり怒ったり、凹んだり、凹んだりと忙しい日々でした。俺、やっぱり1日でも早く日本帰りたいっす。焼酎と焼き鳥と、山が恋しいです。待ってろ〜赤提灯!!

いざ!Berlinへ 前編。

人生初のベルリン。本当に忘れられない時間となった3泊5日の撮影旅。脳裏に未だ強烈なインパクトが残っています。それ程、自分にとって大事な時間となりました。

ベルリンはアートが盛んだ、クラブカルチャーが凄い、街が独特で異質、インターナショナルなど耳にしていたが、一体どんな都市かは検討がついていませんでした。ベルリンという街に対して自分の記憶にあるのは幼少の時に観た、ゴルバチョフ大統領の原稿スピーチと若者が壁によじ登り、ハンマーで破壊テレビの映像でした。

ドイツには、仕事や遊びで行く機会はありましたが西側、南側のみで今回、初めての東側のドイツへ行きました。オランダからベルリンまで約650km。バスで約10時間の道のりでした。

今回、ベルリンに行く一番大切な目的は、日本からEUツアーをするレジェンド:アーティストの撮影でした。HipHop、ターンテーブルに携わる者なら知らぬ人は居ないDJ KRUSH。一度観たら絶対に忘れられないカッコ良すぎるロックンロールバンドGuitar Wolf。なんと同時期にこのアーティストが4月1週目にベルリンに集まるという奇跡的な偶然があり、即ベルリン行きを決意しました。

直ぐ決断出来たのは3月に頂いた沢山の仕事のお陰で資金と波が来ていたのだと思っています。EDMの祭典:Don’t let daddy knowの撮影、日本の震災後のドキュメンタリー映画:Hope Step Japanの撮影、Mono japanの機材搬出手伝い、テニススクールのチャリティー撮影、新鋭アーティストArt展示物撮影、RushhourのレコードSHOP撮影、日本から来られた美人女性DJの撮影などなど…オランダ5年目にして、カメラマンとして必要とされていると強く実感をした3月でした。改めてですが皆様に感謝です。唯一、Master of Hardcoreの撮影を出来なかったこと。本当に悔やんでいます。

両アーティストは、EUを10箇所以上周る過酷なツアースケジュールでした。また両アーティスト共にオランダでもプレイを行いました。DJ KRUSHはアムステルダムのparadisoで公演、Guitar WolfはHaarlem,Denhaggの公演。オランダ公演は仲間、友達と足を運びましたが両アーティストのオランダでの人気には、びびりました。会場はパンパン、熱気と高揚感をヒリヒリ感じました。何より最高の音楽でフロアを揺らしているアーティストをみて沢山の元気、形容しがたいのですが「やってやろう!」という気持ちを沢山頂きました。KRUSH氏は、昨年自分のホームクラブmelkwegで公演がありインタビューを含めて撮影オファーをしましたが、当方の準備不足があり撮影は出来ず、今年は雪辱戦の気持ちでした。Guitar Wolfのボーカルせいじさんとは、ドイツハンブルグ以来の再会となりました。去年のドイツでしこたまテキーラをご馳走になり、酔った自分をハンブルグのバス停まで見送りしてくれたようでした…(今年、会ってその話を聞いた)。

何はともあれオランダで撮影と段取りをして自分のカメラマンとしての集大成を込めてベルリンに向かいました。

ベルリンに行く前日、頭を整理する大事な時間がありました。オランダ在住の子供に、学習教室(寺子屋)を長年に渡り運営していた先生が、日本での仕事からオランダに一時帰国しておりました。ヨーロッパ、日本の歴史(特に明治)、人種の違い(アジア、西洋、イスラム系)、算数の良い勉強方法など沢山の知恵をつけて頂きました。
「知識があるだけで、街の見え方がこんなに違うのか‼︎」と実感しました。

良いサイクルと繋がりを実感しながら全てを整えていざベルリンへ!

続く

 

 

 

家族が増えました!!名前は「文太」

我が家に新しい家族が増えました!犬種は柴犬。名前は古風な”文太”。母から写真送られてきましたが、ちょー可愛いです。

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ご報告ついでに!!

遂に1年間かけて準備をして、正式にオランダ滞在ビザ(5年)を勝ち取りました。日本からオランダに移住してもう4年間たちますが、紆余曲折を繰り返し今に至りました。特に2017年の1年間は本当に多くの方の支援を頂きました。特に諸先輩方、お得意先様、友人、ルームメイトのカメラマンには多大な感謝しかありません。これから腰を据えて仕事に精を出していきたいと思います!

またビザ更新の最終局面で、4つも最高なイベントを撮影させて頂きました。是非とも紹介をさせてください。アムステルダムのレコード屋で行われた、ZwartGoudでのin stoureイベント、Nachtlabで行った新年会、ドイツケルンでの”EXTERMINATION CORE ”、そして毎週月曜日のMelkweg,Cheeky Mondayとなります。

イベントの紹介は下記となります。

【 17th Jan 2018 NORI/YUJI In-Store Sessions #54 w/】

まずはアムステルダムのレコード屋で行われた、ZwartGoudでのin stoureイベントご紹介!

Yuji & Nori Zwart Goud

■Zwart Goud
https://www.zwartgoud.org/

🇯🇵 NORI (Norihiko Kawai)

🇯🇵 YUJI (STAIR)

ZwartGoudと言うアムスにあるレコード屋で行われたPARTY。二人のDJは凄いかっこよかったです。このイベントの様子はストリーミング映像で見れます。リンクはこちら。音質、本当に良いです。

https://www.facebook.com/events/851747075033721/?active_tab=discussion

次は2018年1月14日にNachtlabのカフェで行ったシークレットの新年会PARTYの写真も公開。2016年からオランダで一緒に活動をしていたイベントチーム”Bends”のフロントマンDJ、Yujiの日本一時帰国の壮行会もかねての開催でした。

YUJIのPARTYチーム、東京町田の”STAIR”は凄いCOOLなオーラを感じます。https://www.facebook.com/pg/STAIRPARTY/photos/?ref=page_internal

今回、6人のDJ陣が曲をかけてくれましたが、皆んな各々凄かった。「カメラマンとしてこれほどの幸せはない!」と言う1日でした。

新年会の前日(1月13日)は、 ドイツケルンで行われた”EXTERMINATION CORE ”のイベントに”参加+撮影”をしてきました。HardtechnoDJ ASINのプレイを見に行きました。

20180113 EXTERMINATION CORE submit-5

DJ ASIN
https://iflyer.tv/ja/artist/22723/about/

Profile
ASINは1992年東京生まれ、絶え間なくなり続ける低音と、攻撃的なパーカッションを特徴とするインダストリアルハードテクノのDJ / Producer。2011年よりトラックメイキングを始め、2012年イギリスのハードテクノレーベル”Datablender Music”から初リリース。この”8me EP”は大手販売サイト”Juno Download”にて2週間連続1位を記録。日本国内でのギグと並行して「Sounds Diabolic」「Bad Brain」「 JLI」「 Superbad MIDI Breaks」「Section-Seven」など様々なレーベルからリリースを続け、ほとんどのリリースはJunoDownloadのハードテクノチャートで一位を記録している。特に2016年の4月にBad BrainからリリースしたFuture Listening EPは特徴的な日本語サンプルを使用し話題となる。
2016年の6月にはフランス”Advanced Beats”クルーの招致により初のヨーロッパギグを果たす。2017年2月にはインダストリアルハードテクノの重鎮Jason Littleの招致により本場ドイツで初のプレイ。同時期にSection-SevenからリリースしたThe Easy Choiceはハードテクノとトラップミュージックを融合した新しい試みで人気を博しASINの名を一挙にヨーロッパに広めた。

総括

あらゆる場面やイベント、パーティーでもそうですが久しぶりでも笑って会える人が多いのは非常に嬉しいです。自分の性格が、「かなり捻くれつつ+小悪党+計算高い」と友人に指摘されました。「ばれた!」と思いましたが、苦笑いをしながらそれでも同じ時間を共有してくれる皆様のお気持ちはただただ嬉しい限りです。また今回、難関であったビザをクリア出来たので、アムスのみならずEU全体で撮影機会を増やていこうと思います。知恵を絞りつつ、笑って突き進んでいきたいと思っています。

最後にですが私ことMC DA-HARA(MCダーハラ)は毎週、月曜日にMelkwegのステージに立ってラップをしております。当方のラップ映像を共有します。チェケ!!

柴犬”文太”という家族が増え、原田家は最高にざわついております!!

また更新します。

Photo copyright:Atsushi Harada(Seishin AMS)